京都地方裁判所 平成2年(ワ)844号 判決 1992年2月27日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 橋本長平
被告 乙山織物株式会社
右代表者代表取締役 甲野一郎
右訴訟代理人弁護士 高田良爾
主文
一 被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成二年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
一 当事者間に争いがない事実
1 原告と被告代表取締役甲野一郎とは兄弟であり、原告は被告の取締役であったが、平成元年六月一三日付けで被告の取締役を辞任した。
2 甲野一郎は、平成元年一二月二五日付け内容証明郵便で、被告の代表取締役として、原告に対し、平成元年一〇月二〇日決定した原告の退職慰労金が金三〇〇〇万円であること、これを未払退職金として計上していること、原告への右退職金の支払を停止することにしたことを通知した。
二 被告の主張
1 被告は、原告に対し、平成元年二月一八日、退職金として、中小企業退職金共済事業団より金六三一万九二七〇円、京都商工会議所特定退職金共済制度より金四四六万〇二四〇円の合計金一〇七七万九五一〇円を支給した。
2 被告の定款には退職取締役に慰労金として金三〇〇〇万円を支払う旨の定めはなく、原告に対する退職慰労金の支給について株主総会が開催された事実はない。
したがって、被告の代表取締役が行った原告の退職慰労金を金三〇〇〇万円とする旨の決定は無効であり、被告には右金員の支払義務はない。
三 原告の主張
1 原告は、被告の従業員兼務役員であったものであり、従業員であったことに基づいて退職金一〇七七万九五一〇円を受領した。
したがって、右受領金は取締役の退職慰労金ではなく、原告が右金員を受領したことは本訴請求とは何の関係もない。
2 本件退職慰労金の支給について株主総会の決議がなされたか否かは被告の内部問題であり、既に退職している原告には関係のないことがらであって、被告は右決議がなされなかたっことを理由に原告に対して退職慰労金の支払を拒むことはできない。
3 被告においては株主総会及び取締役会が開催されたことはなく、その運営はすべて代表取締役甲野一郎が単独で決定しており、被告は同人のワンマン会社である。
したがって、被告の法人格は否認されるべきであり、被告は株主総会の決議がないことを理由に退職慰労金の支払を拒むことはできない。まて、右事実関係の下では、右決議がないことを理由として退職慰労金の支払を拒むことは条理や衡平の理念に照らして許されない。
4 被告に対する本訴状送達の日は平成二年四月二〇日である。
第三当裁判所の判断
一 退職金の支給について
被告の主張する退職金の支給は、原告の従業員であったことに基づいてなされたものであり、原告が本訴で請求する退職取締役に対する慰労金の支給とは直接の関係がないことがらである。
したがって、被告が原告に右退職金を支給したことをもって原告の退職慰労金の支払請求に対する抗弁とすることはできない。
二 退職慰労金の支払義務について
1 第二の一の争いがない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。
(一) 被告は、昭和二五年頃原告の父が設立した織物の卸売業を営む会社であり、原告が入社した昭和三七年頃は従業員は取締役を含めて七、八人であった。
(二) 被告においては、少なくとも甲野一郎が代表取締役となった昭和四〇年頃以降原告が退職する平成元年六月頃までの間は、株主総会や取締役会が開催されたことは一度もなく、取締役の改選も甲野一郎が一人で決定し、その旨の登記手続きを行っていた。
また、その後、原告及び甲野一郎の母である甲野松子が被告の取締役を辞任し、甲野一郎の妻である甲野春子が被告の取締役となっているが、その際にも被告においては株主総会が開催されたことはなく、甲野一郎がそのように決定したことがあっただけである。
(三) 原告の在職中は、被告の株主に対しては株主総会招集通知が発せられたことはなく、利益配当は何回かなされたことがあったが、その際の利益配当金は被告の新株発行の際の払込金に充てられた。
(四) 原告は、被告を退職する際、甲野一郎から自己が八万株の株式を有する被告の株主であることを知らされ、右株式の譲渡代金を受領した。原告は、退職する際にも、被告の株主について十分に承知していたわけではなく、甲野一郎だけがこれを掌握していた。
(五) 被告の株主構成については必ずしも明らかではないが、被告の提出する株主名簿によれば、被告が株主と主張する名義人はいずれも甲野一郎の親族を含め同人の影響下にある人物で占められている。
なお、被告提出の被告の定款によれば、株式を譲渡するには取締役会の承認を受けなければならない旨記載されているが、少なくとも原告の在職中に右譲渡承認の取締役会が開催されたことはない。
(六) 被告の従業員は、平成元年六月頃、取締役をも含めて一六、七人であった。
(七) 平成元年五月頃、甲野一郎と甲野松子との間で争いごとが起こったが、原告は、一郎から松子を連れて来れないのであれば退社するようにいわれて右争いに巻き込まれ、被告の業務執行等とは直接の関係がない理由で被告の取締役を辞任した。
(八) 被告は、第三九期(昭和六三年一二月一日至平成元年一一月三〇日)の損益計算書に、原告に対する未払退職金として金三〇〇〇万円を計上し、これに基づいて法人税の申告をしている。
2 右1認定の各事実によれば、次のようにいうことができる。
被告は甲野一郎を中心とする同族会社であるとともに同人のいわゆるワンマン会社であって、被告においては、少なくとも原告の在職期間中は、株主総会や取締役会が開催されたことは一度もなく、議決権、利益配当請求権その他の株主権が行使されたこともなかった。
被告の株主が何人であるかは必ずしも明らかではないが、被告が株主と主張する名義人は少なくとも甲野一郎の影響下にあるものと解される。また、右名義人に対する株式譲渡については、少なくとも原告の在職中は右譲渡承認についての取締役会が開催された事実はない。
被告においては、株主総会の決議という形式において原告に対する退職慰労金の支給が承認されたことはないが、代表取締役甲野一郎は原告に対する退職慰労金三〇〇〇万円の支給を決定した(甲一の文面上でもその趣旨を読み取ることができる。)。右決定方法は、商法上で株主総会や取締役会の決議事項とされているものをも含め、被告において通常行われている意思決定方法でもって決定されたということができる。
しかも、被告は、代表取締役甲野一郎名で、しかも内容証明郵便という厳格な形式でもって、既に被告を退職し社外の人間となっている原告に対して、退職慰労金を金三〇〇〇万円と決定したこと及び右退職慰労金を計上している旨を通知した。このようにして、右決定は、単なる内部的な決定に止まることなく、外部的に、しかも意思表示の相手方である原告に対して直接表示されたものである。
加えて、被告は、右未払退職金を被告の損益計算書にも計上し、これに基づいて法人税の申告も行っているのであって、公的にも右未払退職金の支払義務があることを表明しているのである。
このような事実関係の下では、被告は商法に従った手続によるのではないものの原告に対して金三〇〇〇万円の退職慰労金の支給をすることを決定したというべきであり、被告が原告に対して右の決定をしたことを公式に通知しながら、商法に規定されている退職慰労金支給承認の株主総会決議を行わなかったとの手続違背のみを理由に、その支払を拒絶することは衡平の理念からして許されないものといわなければらない。
三 被告に対する本訴状送達の日が平成二年四月二〇日であることは当裁判所に顕著である。
四 以上の次第で、原告の本訴請求を認容すべきである。
(裁判官 山下寛)